痛快な作品。
ストーリーもよく練られていて、
演出・キャストも申し分無い。
騙しの瞬間のハラハラ感や、
殺し屋に狙われてるドキドキ感、
逃走するフッカーのコミカルさ、
随所にエンターテインメントが盛り込まれてる。
またお調子者のフッカー、
凄腕の詐欺師ゴンドーフ、
周りを固める癖のある詐欺師集団、
貫禄ある大物ギャングのロネガンなど
一人一人のキャラが立ってるのも魅力的だ。
ネタバレすると面白さが半減するので詳細は避けようと思う。
とにかく観て楽しんで欲しい!と言いたい。
Category Archives: 映画
ゴッドファーザー Part1
前半はマーロン・ブランド演じるドン・コルレオーレの存在感がとにかく凄い。
権力があり、仲間に慕われ、家族仲間を大切にする。
ドン・コルレオーレをカッコいいと思ってしまう人は多いのではないだろうか。
僕も彼にファミリーと行って欲しいと思う程。
だがしかしそれは別の世界から見てるから言える事で、
実際に裏の世界は非常に危険で耐えられるものではないだろう。
特に権力が増せば増す程常に死と隣り合わになる。
仲間が裏切る事も考えたら人間不信にもなりそうだ。
気を許す事のできない状態で毎日を過ごす。
余程精神的にタフでないと厳しいだろう。
そして計らずも後を継ぐこととなったアル・パチーノ演じるマイケル。
後半の主役は彼だろう。
裏の稼業を嫌い好青年として過ごしてた頃の笑顔は消え、
マフィアの世界に染まるにつれ冷酷な表情になって行く。
二代目の貫禄がついた頃には昔の面影は全くない。
人はこうして悪に染まっていくのだなと思う。
そしてその様をアル・パチーノが見事に演じてる。
全体的に完成度が高く、各俳優の名演も見逃せない作品だ。
フォロー・ミー
こういう感性のすれ違いはよくある。
男性女性、育った環境、今迄の生き方で
このような違いは生まれるのだと思う。
そして自分と違う世界を持った人に惹かれる。
これも男女間ではよくある話だ。
ミステリアスな人に惹かれるという人も多い。
だが、最初はお互いを知る事で毎日が刺激に溢れるが、
お互いの価値観が変わらないままだといずれ衝突が起きる。
「何故私の世界を理解してくれないの?」
「何故自分の考えを押し付けるの?」
では価値観の同じ相手が理想かと言えばそうとも限らない。
相手を理解しお互いに歩み寄って行くことで解決すると思う。
愛を持って。
だからベリンダもチャールズも全く価値観が合わず衝突したが、
最後に歩み寄ろうとする事が出来たのだと思う。
合わないと思いつつも愛は感じてたのだろう。
それをうまくまとめたのがクリストフォルーが。
天然なのか計算なのかは分からない。
おそらくそのどちらもだろう。
彼が復縁するためのきっかけを与えてくれたので、
二人はやり直すことができた。
(映画でのその後まで描かれてないが多分復縁できたろう)
世の中には人間関係でうまく行かない事がある。
そんな時彼のように潤滑油になってくれる存在は大きい。
最後に。
クリストフォルー自身は恋に落ち、
そして振られ、さらにその彼女の幸せの手助けをした。
そうできることじゃない。
彼のような人こそ素敵なパートナーを見つけて欲しいなと思うのであった。
第二回 午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本
フィールド・オブ・ドリームス
自分自身を投影出来る映画ほど、心に響く。
この映画は少し非現実的な部分がある。
リアリティには欠ける部分がある。
それでも心打たれたのは、
今の自分がレイと同じ年代で同じ様な気持ちを抱えてたからだろうか。
※ネタバレあり
この映画の一つの大きなテーマに「夢」がある。
叶えたい夢、叶わなかった夢。
夢を叶える事がどれ程素晴らしいか。
だが「夢」意外にも気付かされる点が幾つもある。
レイが聞いた声。
それは彼以外には聞こえず、
奇妙に思うのは当然だ。
しかし彼はその声に従って球場を作った。
それが正しいと言う根拠はない。
だが彼は自分の直感を信じて行動した。
レイがその声を疑って何もせずに過ごしていたなら
あの奇跡は起こらなかった。
周りの人達があざ笑っても自分を信じて行動した。
僕たちは冒険を夢見ても足を踏み出す事に躊躇する。
でも行動しなければ何も変わらない。
行動する事。
これが何より大事だ。
そして一見すると頭がおかしくなった様な夫の行動を
応援し続けたアニー。
レイがそこまで言うのならと、彼を信じ続けた。
こんなに理解のある相手はそうそういないだろう。
それだけアニーはレイを愛し信頼してたのだと思う。
レイはそれまでの生活を平凡だと思ってたかも知れないが、
これ程の夫婦愛を築ける事は滅多に無いと思う。
そしてそんな相手がいるだけで充分に幸せではないかと思う。
レイは始め、何か見返りを求めて球場を作った。
その後も何か手に入ると思って行動した。
その気持ちがどれ程かは分からない。
でもその仮定で彼は何人もの人の夢を叶える手助けをした。
それは事実だ。
個人的にはそういった積み重ねが、
父親と引き合わせたのではないかと思う。
夢を叶えるには幾つかの試練を乗り越えないとならない、
そんな風に捉えた。
最後にシューレス・ジョーはあの声はレイ自身の声だと言う。
結局はレイが諦めてた、忘れてた夢をもう一度叶えようと
彼の潜在意識が働きかけたのではないかと思う。
若い父親と対面した時、
レイは息子としては接しなかった。
だがその後、レイは「父さん。」と呼びかける。
そして父親はそれに応える。
父親も息子だって事は気付いてたのではないだろうか?
でもレイが息子と名乗らないなら知らないフリをしておく。
二人とも不器用なんだ。
同性だからかな、親父と息子ってそういうところがある。
でも多くの言葉を語らなくてもキャッチボールで通じる合える。
二人のキャッチボールをするシーンが今でも目に焼き付いてる。
「親に捧ぐ」とテロップが出るが、
大人になった息子達にこそ観て欲しい映画だと思った。
シャッターアイランド
※ネタバレあり
期待し過ぎてたせいか、落ちが予想の範疇だったので少し期待外れ。
と思いきや、最後の最後でやってくれた。
この手の妄想が入り交じる映画もよく見られるパターンで、
精神疾患が絡んでるときたらこのオチは読めてしまう。
でもそこで終わりではない。
最後の台詞は妄想からなのか、
はたまた正気だが妄想のフリをしたからなのか、
そこを考えると面白い。
この映画のキモは謎解きにあると宣伝されてる。
だけど、この監督らしく主である謎解き以外にも、
暴力や罪の意識、善悪などのテーマも織り込まれてる。
謎解きのために随所に散りばめられた布石、
その他のこの映画に込められたテーマ、
そう言った部分を意識しながらもう一度鑑賞すると
また違う発見があって楽しいのではないだろうか。
ナイト&デイ
ベタなアクション映画が観たくなる時がある。
俺はエクスペンダブルズを観たかったのに友達に「マッチョ祭りは嫌」と言われた。
「アクションスターのドリームチームなのに!」と思ったが、
言う程一押しでもないのでナイト&デイを選択。
一目惚れした男性にいきなりキスをしたり、
その相手が実はエージェントでしかもめちゃめちゃ強くて金持ちだったりと
ぶっ飛んだ設定なのはご愛嬌。
この手のアクション映画なんてそんなもの。
その中でもストーリーには少しマシな味付けしてくれたかなって感じ。
アクションは痛快で楽しかった。
ハリウッドアクション映画。
それ以上でもなければそれ以下でもない。
この一言に尽きる。
ナイト&デイ
インセプション
※ネタバレあり
まず夢の中にいる状態の時に、その潜在意識に潜り込みアイデアを盗む(または植え付ける)と言う設定が面白い。
この設定だけで色々話が膨らみそうだ。
「夢の状態」と言われて思いつくのがマルホランド・ドライブ。
あの映画は夢を見ているときの秩序の無い混沌とした意識を描いてるが、
インセプションではそうではない。
夢の世界ならば極端な話、空を飛べたり世界を思い通りに変える事も可能だ。
しかしこの映画では夢の世界にルールを設けている。
潜在意識は異物を排除しようとする、各階層で時間の流れは20倍ずつ加速する、など。
これらのルールが話に奥深さ複雑さを与えてる。
一回観ただけではそのルールを理解するのに多くの時間を奪われるので、
頭を整理しながらストーリーを追ってく感じだ。
だが見終わった後に回想し、
そのルールの辻褄や綿密に立てられた展開を思い返すと
とよく練られてるなと感心させられる。
ルールをまとめてストーリーを系統的に表すと面白いと思う。
実際ネットではその様にしてる人も何人かいる様だ。
最初は分かりにくいがよく考えれば分かる。
その辺の微妙なさじ加減が終わった後も何度も思い返してしまう要因だろう。
観る度に新しい発見が出てくる、そんな映画だ。
最後も物議をかもしそうな終わり方だが、
判断を観客に委ねるのではなく実はよく観れば分かる、
そう言う点もよく考えられてる。
さすがにもう一度劇場には足を運ばないと思うが、
DVDではもう一度観てみたいと思う映画だ。
スラムドック$ミリオネア
久しぶりにDVDを観た。
観たい作品は沢山あるけど、
ドラマが観たいと思ったのでスラムドック$ミリオネアを選んだ。
※以下ネタバレ含む
ヒューマンドラマだと思ってたのだが、
実際は違った。
これは壮大なラブストーリだ。
何故スラム育ちの彼が最後まで進んだのか?
当然最初の疑問はそこだ。
でも最初の回答を見た時にその理由が分かった。
問題の答えは彼の人生の中で強く記憶に刻まれた事柄ばかりだった。
そうなると彼の今まで人生で起こった事は必然なのか、
それともミリオネアに出演する事が必然だったのか。
もしかしたらシャマールがラティカを想い続けてたからこそ、
引き寄せた運命なのかも知れない。
「映画だから」と言ってしまうのは簡単だ。
でも実生活においてもこういう運命と感じてしまうような事はある。
それは言葉では説明できなし、起こそうと思って起きるものでもない。
彼は過酷な人生を歩んで来た。
もしラティカに会わなかったらどうなってたのだろう?
兄のようになってたかも知れない。
ただ、彼は想いを貫き信念を曲げなかったから、
運命をたぐり寄せることができたのかも知れない。
と言うかそう思いたい。
彼は人生を懸けて手に入れたかったものを手に入れた。
話はハッピーエンドで締めくくられる。
だけど実は失ったものも沢山あった。
この映画には残酷で理不尽な世界に
色あせない愛や希望が描かれている。
インビクタス
インビクタス
胸の熱くなる映画だった。
自分がこの映画で感動したポイントは2つ。
※以下ネタバレを含む
信じる心が奇跡を生む
ワールドカップ優勝は不可能とまで言われた南アフリカ代表ラグビーチーム「スプリングボクス」。
しかし、彼らは専門家の予測を覆し、見事優勝を手にする。
これがフィクションの映画であれば、まあそうなるであろうと納得する。
だが、これは実話である。
優勝するのは分かっていても、
やはりドキドキしてしまった。
それ程にワールドカップ前のスプリングボクスは絶望的なチームだった。
彼らが優勝するのに特別凄いトレーニングをした訳ではない。
ただ、今までと違ったのは国民が一丸となって彼らを応援してくれた事だ。
人々の想いや信じる心は時に人に実力以上の力を与えるのだと思う。
国民の想いを一身に背負ったスプリングボクスの選手は、
その想いに応え奇跡をたぐり寄せたのだと思う。
一瞬でも諦めたらきっと優勝はできなかっただろう。
彼ら自身も誰よりも強く優勝を信じてた。
もちろん信じれば必ず奇跡が起こるわけではない。
でも信じないものには奇跡は起こらないだろう。
スポーツで国を変える。
馬鹿げた話に聞こえるが、
この映画を観ればそんな事は言えなくなる。
スプリングボクスの優勝を目の当たりにした国民はきっと意識的なものが変わる。
それ程にこの優勝は大きな意味を持ってたと思う。
赦すこと
ネルソン・マンデラの愛の深さには脱帽した。
27年も投獄した相手を何故許せるのか?
何故共に手を取り合って歩めるのか?
赦すことは究極の愛だと思う。
そして赦すことができる人は真に強い人だと思う。
彼がいたからこそ、南アフリカは変わることができ、
またスプリングボクスが優勝できたのだと思う。
彼の意向がなければ、
スプリングボクスは変わらず黒人に忌み嫌われるチームで
応援もされず敗退していただろう。
彼の愛が国を一つにしたのだと思う。
ネルソン・マンデラが投獄中、
心の支えにした詩「インビクタス」。
これがまた自分の心にも響いた。
自分は今いろいろ迷いがあり、
それこそ占いにでも行こうかなと思ってもいた。
でもその考えは無くなった。
この詩に自分を信じる心をもらったからだ。
“私が我が運命の支配者
我が魂の指揮官”
INVICTUSインビクタス/ウィリアム・アーネスト・ヘンリー著
私を覆う漆黒の夜
鉄格子にひそむ奈落の闇
私は あらゆる神に感謝する
我が魂が征服されぬことを
無残な状況においてさえ—-
私はひるみも叫びもしなかった
運命にうちのめされー
血を流しても
決して屈服はしない
激しいいかりと涙の彼方に—-
恐ろしい死が浮かび上がる
だが 長きにわたる
脅しをうけてなお—-
私は何ひとつ—-
恐れはしない
門がいかに狭かろうと—-
いかなる罰に苦しめられようと—-
私が我が運命の支配者
我が魂の指揮官
THIS IS IT
誰もが絶賛するように、
自分もまた最高だと思った。
そしてマイケル・ジャクソンを誤解してた事を恥じた。
歌とダンスが抜群に上手いけど、
ちょっとおかしい人と言うのがそれまでの自分のイメージだった。
見事にメディアが作り上げたマイケル像を信じきっていた。
こんなにも偉大な人物だったとは・・・
ちょっとした足のスッテップ、手の動作だけで
これ程ワクワクさせてくれる人がいるだろうか?
ライブのために心血注ぐアーティストは決して少なくないと思う。
だけど、マイケルは一曲一曲のこだわりが凄く、
それ単独でも一流のエンターテイメントとして成り立つほど質が高い。
だから、通常のアーティストのライブ映像が映画館で流れても違和感を覚えてるとこを
マイケルのライブ映像は映画館でも観ても全く違和感がない。
誰もが一流と認めているのに、
決して妥協はしない。
ファンに最高のものを届けることを常に考えてる。
世界一のエンターテイナーだ。
それでありながら誰にでも気さくで優しく、愛がある。
本来この映像はこのように劇場で流されるものではなかった。
それ故そこに映し出されてるマイケルこそがリアルなのだ。
人として尊敬する。
彼のような人物になりたいと思う。
このライブを生で見ることができないのが何より残念だ。