スラムドック$ミリオネア

久しぶりにDVDを観た。
観たい作品は沢山あるけど、
ドラマが観たいと思ったのでスラムドック$ミリオネアを選んだ。
※以下ネタバレ含む
ヒューマンドラマだと思ってたのだが、
実際は違った。
これは壮大なラブストーリだ。
何故スラム育ちの彼が最後まで進んだのか?
当然最初の疑問はそこだ。
でも最初の回答を見た時にその理由が分かった。
問題の答えは彼の人生の中で強く記憶に刻まれた事柄ばかりだった。
そうなると彼の今まで人生で起こった事は必然なのか、
それともミリオネアに出演する事が必然だったのか。
もしかしたらシャマールがラティカを想い続けてたからこそ、
引き寄せた運命なのかも知れない。
「映画だから」と言ってしまうのは簡単だ。
でも実生活においてもこういう運命と感じてしまうような事はある。
それは言葉では説明できなし、起こそうと思って起きるものでもない。
彼は過酷な人生を歩んで来た。
もしラティカに会わなかったらどうなってたのだろう?
兄のようになってたかも知れない。
ただ、彼は想いを貫き信念を曲げなかったから、
運命をたぐり寄せることができたのかも知れない。
と言うかそう思いたい。
彼は人生を懸けて手に入れたかったものを手に入れた。
話はハッピーエンドで締めくくられる。
だけど実は失ったものも沢山あった。
この映画には残酷で理不尽な世界に
色あせない愛や希望が描かれている。

星を継ぐもの

友達の薦めで読んだSF小説。
SF小説を読むのはこれが初めてかも。
慣れてないせいか最初は取っ付きにくかったが、
読むうちにどんどん引き込まれて行った。
元々自分は理系なので、科学や物理の話が出てくると興味を惹かれる。
難しい理論は今となっては理解出来ないが、
色んな事象を科学や物理で理論的に解明するのが面白い。
また、そのように根拠のあるデータで解明されるとそれが事実であるように思えてくる。
この物語もフィクションなのだが科学的に説明されてしまうと、
本当にそうだったのではないかと思えてしまう。
だとしたら、それは衝撃的な事実となるのだが・・・
また、この小説は”月で発見された人とそっくりの死体”の謎を解明する
ミステリー要素もある。
次から次へと出てくる証拠や理論で謎は更に深まってく。
その展開が飽きることなく物語へとのめり込ませる。
まだ宇宙は未知の部分が多い。
それ故この小説の最後で明かされる衝撃の事実も起こりえるのではないかと思えてします。
そのように空想を馳せるのも悪くないなと思う。

夜は短し歩けよ乙女

舞台「夜は短し歩けよ乙女」を観て、原作が読みたいと思い手に取った。
ジャンルは何と言えば良いのだろう。
一本筋が通ってるとすれば恋愛になるのだろうか。
でもその恋愛を軸に巻き起こる色々な事象がとても面白い。
物語は、”先輩”と”黒髪の乙女”の2つの視点で描かれてる。
舞台は京都。
物語の世界観がまた京都と言う土地に非常にマッチしている。
京都の街で繰り広げられる面白可笑しく、
摩訶不思議な世界。
ところどころに挟まれる詩的な表現が、
その世界を美しくもする。
これはファンタジーでもあるな。
登場人物も個性がとても強く、どの人物も憎めない。
愛すべきキャラクター達よ。
この人物とこの舞台があれば、
話はいくらでも膨らんで行くんじゃないかと思う。
この世界に迷い込んでみたい。
そう思った。

出会いの機会

“チャンスの神様は、前髪が長く後ろ半分は禿げていて、髪の毛がない。
チャンスが訪れたら、その前髪をしっかりとつかむこと。
後からつかもうと思っても、後ろ半分は髪の毛がないのでつかめない。”
と言う話を聞いた事がある。
要は、”その機会を逃したら、あとから掴もうとしても手遅れ”と言う事。
長く生きてる程これを実感出来るんじゃないだろうか。
自分も今まで何度となく機会を逃して来た事がある。
出会いの機会もそう。
“良いな”と思う出会いがあっても、
何も出来ず、後になって後悔した事は多々ある。
「あの時話しかけてれば」
「もっと突っ込んでアドレス交換しておけば」
チキンだった自分はよく一人反省会を開いてた。
だから後悔はしないよう積極的に動こうと決めた。
“これ”と思った時は行動するようにしてる。
もちろんうまく行かない事もある。
でも、「やらない後悔よりやった後悔」
やってダメだった方が自分も納得出来る。
・・・だけど、やっぱりうまくいって欲しい。
行動した事に後悔はない。
後悔はないが、”後悔”の感情は別にして、
失敗したら結局のところその出会いはそれ限りになってしまうのだから。
失敗した時は何かしら理由がある。
それが自分にあるのであればそれは改善する。
ホントに良い出会いの機会はそうそう無い。
だからその時しっかりとチャンスを掴むために
失敗を糧にもっと自分を高めて行こう。

尿膜管遺残 尿膜管切除手術

臍から膿が出て、尿膜管遺残と診断されてから約4ヶ月。
尿膜管の切除手術をしてきた。
何でこんなに日が経ったかと言うと、
急を要する手術でないので重度の患者の手術を優先された為である。
確かにこの間は臍の痛みや違和感は全くなかった。
それに猶予があったおかげで、
入院前に会社の仕事の引き継ぎなども行えた。
とは言え間空き過ぎだけど・・・
本人でさえ忘れかけてたくらいだ。
手術は腹腔鏡を使って行われた。
おかげで傷も小さく、入院期間も10日程度で済んだ。
手術日の前日の夜から、絶食。
手術は午後から行われ、歩いて手術室へ移動。
麻酔は全身麻酔なので、目を覚ました時には手術は終わってた。
傷は小さいと聞いてたので軽く考えてたが、
やはりそれでも術後は痛かった。
呻く程ではないが熟睡は出来なかったので、
痛み止めを処方してもらう。
術後1日目は腸の動きがまだ確認出来なかったので、
口に出来るのは水500mlのみ。
点滴だけでは腹が減るが、我慢する。
歩いても良いと言われたので、
早速歩いてみたが貧血を起こす。
急に動いたからだろう。
徐々に慣らしていって、夕方には歩けるようになった。
夜には腸の動きが見れたので、
翌日より粥が食べれる事になった。
術後2日目は、朝食は3分粥。
徐々に固形の食事に変わってく。
まだ、点滴、ドレーン、尿道バルーンが繋がってるので、
大人しく過ごす。
術後3日目。
点滴とドレーンが外された。
身軽になり、ちょくちょく歩くようにする。
術後4日目。
経過は順調。
痛みも大分引き、尿道バルーンにも慣れた。
普通に動ける感じがする。
術後5日目。
シャワー解禁。
尿道バルーンを付けたままのシャワーに悪戦苦闘するが、
久しぶりにシャワーでリフレッシュできた。
術後6日目。
気楽に過ごす。
油断し過ぎて、少し傷口が開いたのか
浸出液が少し出た。
術後7日目。
膀胱に造影剤を入れて、中を見る。
尿の漏れなどの異常も見られなかったので、
バルーンが外れる。
傷も塞がってるので抜糸もした。
もう退院し出来るだろうと言われる。
術後8日目。
退院。
この記事を書いてるのが、
丁度この日。
病院内では普通に歩けてたつもりだが、
日常生活に戻るとまだ体力が全快でないと気付く。
まあ、食事も制限無いし少しずつ戻ってくだろう。
傷も特に問題無い。
無茶してまた開かないように気をつけるだけだ。
取り敢えずこれで尿膜管遺残の治療は終了となる。

カンボジア一人旅[5日目]

本日帰国日。
飛行機の搭乗手続きのため午前3時半起き。
安くて広くて設備も整ってる良いホテルだったのに、
滞在僅か4時間。
もったいない・・・
Hong Vy 1 Hotel
宿泊したHong Vy 1 Hotel
チェックアウトをしにフロントに行くと誰もいない。
電気も暗い。
誰か呼ぼうとふとカウンターの向こうに目をやると、
ベッドが置いてあり従業員が寝てる。
24時間レセプションとは言ってたけども、こういう事ですか。
申し訳ないが、起こしてチェックアウトを済ませる。
タクシーも呼んでもらい、
今回は対応がまともだと有名な会社だったので一安心。
残金ギリギリで空港に着き一安心。
早朝のためか空港がまだ空いてなかったので、
結局一時間程待つ事に。
やっと空いたと思ったら、
成田行きが見当たらない。
そこでここが国内線のロビーと気付く。
国際線は別の建物と教えてもらい走って向かう。
余裕を持って到着した筈なのに、
何故に焦らなきゃならないのだ。
まあ、でも無事に搭乗手続きも終わり、
日本へ向けて出発した。
4泊5日と短い期間だが今回の旅はこれで終了。
あとがき
ワーホリのオーストラリア、
オーストラリアから帰国途中のバリと海外の一人旅の経験はあるが、
日本から一人で海外に行くのは今回が初。
ビザだったり、滞在先の情報など色々調べた。
今回一人旅を選んだ理由は、
一つは自由に行動したかったから。
遺跡とかじっくりと自分のペースで回りたかったし、
自分の行きたい所だけ行きたかったから。
もう一つの理由は、一人で全てを手配したかったから。
航空券のみは代理店に頼んでしまったが、
要は誰かに任せるのではなく自分で決めて自分で行動したかったから。
それで”どうにでもなる”と言う経験を今一度体験しておきたかったから。
今年、別の事で行動する予定がある。
その前に自分で動いて結果を出すと言う経験をしておきたかったからね。
まあ、そんな目的もあったけど、総括すると
「旅は良い!」
これに尽きる。

カンボジア一人旅[4日目]

半日トゥクトゥクをチャーターし、
アンコール・トム方面へ。
南大門をくぐり、バイヨンへ。
バイヨン
正直、昨日一昨日と大分遺跡を見て来てるので、
そろそろ飽きてくるかなと危惧してた。
でもバイヨンはまた今までの遺跡と感じが異なり、
彫刻も特徴的だった。
遺跡内も縦横だけでなく、上下にと変化があり
見応えのある遺跡だった。
バイヨン
バイヨン
バイヨン
バイヨン
バイヨンを後にし、歩いてバプーオンへ。
ここは修復中で立ち入り禁止だったので遠目から眺めるだけ。
パプーオン
パプーオン
象のテラスから、ライ王のテラスへ。
ライ王のテラスは迷路のような構造になっており(一本道だが)
壁画に囲まれ先が見えない未知は独特の面白さがある。
象のテラス
象のテラス
ライ王のテラス
ライ王のテラス
そのまま歩いて、王宮の中へ。
ピミアナカスに向かい、頂上まで登る。
周りを見渡せる場所でしばし休憩。
ピミアナカス
ピミアナカス
王宮を出てトゥクトゥクの待つ場所へと。
トゥクトゥクでプリア・カンヘ。
プリア・カン
ここには珍しい2階建ての建物があり、
行くまではその印象がとても濃かった。
ただ、実際はそれだけではなく、
少し崩れかけ荒廃した雰囲気や
左右対称で方向感覚が失われそうな構造も興味深かった。
プリア・カン
プリア・カン
プリア・カン
プリア・カン
この遺跡を持って、今回のアンコール・ワット遺跡群巡りは終了。
プリア・カンを出たくらいで急な豪雨に見舞われるが、
直ぐに止んだ。
スコールってやつだ。
そのままオールド・マーケットまで向かってもらい、
そこでトゥクトゥクのチャーターは終了。
土産探しのためマーケットを回る。
ある程度目星をつけて、昼食のため街をぶらぶらしてると
先日一緒にツアーに行った人達に会う。
申し合わせた訳でもないのに凄い偶然だ。
不思議と旅行中はこういう偶然的な巡り合わせがよくある。
で、一緒に食事を食べる事に。
スープ料理の専門店で食事をし、
少しまったりとする。
その後別れて再び単独行動。
街を散策したり、
マーケットでお土産を買ったり、
カフェでお茶したりして時間を潰す。
それでも時間に余裕があったので、
最後にとマッサージを受けて来た。
シェムリアップの街
シェムリアップの街
GHに戻り、荷物をピックしてトゥクトゥクで空港へと。
帰りもホーチミン経由。
21時にシェムリアップ空港を出発し、
22時半にホーチミンのタンソンニャット空港へ。
次の便が翌日の早朝だが、
タンソンニャット空港は24時間では無いので一度入国手続きをしシティへ。
ネットで予約したホテルにチェックインし、就寝。
あ、ちなみに周りからも言われて気を付けていたにも関わらず、
タクシーで軽くボられた。

カンボジア一人旅[3日目]

この日はバンをチャーターし、
郊外の遺跡群に向かう。
もちろん一人でチャーターすると高額になるので、
行き先を書いた紙をタケオGHに貼ってシェア仲間を募っていた。
最終的に5人集まり、そのメンバーでバンをチャーターし行動を共にした。
最初の目的地はバンテアイ・スレイ。
その途中、地雷博物館に立ち寄る。
今まで撤去した地雷や、地雷撤去の活動内容が展示されてる。
まだカンボジアには数多くの地雷が残ってるらしい。
平和な日本に暮らしてる自分とは全く違う世界の話のようだが、
同じ世界に戦争の被害がまだ残ってる事実を確かに突きつけられた。
うまく語る言葉が無いので感想は割愛させてもらう。
地雷博物館
地雷博物館
その後バンを走らせ、バンテアイ・スレイに向かう。
バンテアイ・スレイ
最初に思ったのが立派に観光地化された場所だなと。
もしかしたらアンコール・ワット周辺の遺跡群より整備されてる。
意外と人気があるのかも。
ここの遺跡はアンコール・ワットとはまた違った雰囲気のある遺跡だった。
アンコール・ワットの装飾も細かいのだが、
こっちの装飾の方が細かい気がした。
一部で有名な「東洋のモナリザ」もここにある。
ただ、入場の規制されてたので近くでは見れなかった。
バンテアイ・スレイ
バンテアイ・スレイ
バンテアイ・スレイ
バンテアイ・スレイ
クバール・スピアン
川の中に彫刻がある場所と言う認識で向かった。
だが、着いた場所には全く川が見えず、山道が見える。
どうやらこの山道を進んだ所に目的地があるらしい。
軽いトレッキングかなと思ってたがとんでもない。
道も整備されてないし、気温は高いしで結構しんどかった。
ようやく辿り着いた川は、乾期の終わりの方のためか、
水量が少なかったように思う。
観光客も少なく静かで落ち着いた所だった。
しかしよくこんな所にまで彫刻したな&よく見つけたなと思う。
クバール・スピアン
クバール・スピアン
クバール・スピアン
クバール・スピアン
食事をして、ベンメリアへ。
ベンメリア
タイとカンボジアの領有権紛争の際、
激しい戦場の場となった場所で遺跡の大部分が崩壊している。
その荒廃した雰囲気が「天空の城ラピュタ」のようだった。
ラピュタが実際にあったらこんな感じなんだろうなと。
余談だが、オーストラリアの「パロネラパーク」もラピュタのモデルになったと言われてる。
どっちがモデルになったのか、はたまた別にモデルがあったのかは定かではない。
遺跡は崩壊したままの状態で残ってるので、
整のった道はほぼ皆無。
危険な場所もある。
それでも中を見たい人は基本自己責任になる。
でも、正直楽しい。
自己責任だがどこに行っても良いので自由に動ける。
瓦礫の上を歩いたり、真っ暗な通路を通ったり。
男心にわくわくする場所だ。
個人的には今回見て回った遺跡の中で一番好き。
ベンメリア
ベンメリア
ベンメリア
ベンメリア
ベンメリア
ベンメリア
ベンメリア
ベンメリアで本日のコースは終了なのでGHに戻る。
汗でビッショリになったので一度シャワーを浴びて、
同じメンバーで夕食を一緒に食べに行った。
街の中心まで歩きバー・ストリート近くの屋台で食事。
やっぱり屋台は安い。
食事、ビール、それぞれ1ドル。
お腹いっぱい食べても5ドルくらい。
味も良く、不味いってのはなかったな。
安さと旨さがアジアの魅力でもある。
屋台の食事
屋台の食事
その後まだ時間があったので、
ナイト・マーケットをぶらつきDr.フィッシュを体験し、
皆でボディ・マッサージ受けてGHに戻った。
マッサージで疲れも取れたし、
明日に備えて就寝。

カンボジア一人旅[2日目]

4時半にタケオGHに向かう。
先日出会った日本人3人と一緒にトゥクトゥクで、
アンコール・ワットへ朝日を見に行く。
アンコール・ワットの朝日は大体どのツアーにもオプションとして
組み込まれてるほどありきたりらしい。
なのでまだ5時前だと言うのに、
アンコール・ワットには凄い人の数。
朝日が見れるかどうかはその日の天気にかかってるのだが、
運良くこの日は晴れ。
少し雲がかかった感じではあったが、
アンコール・ワットからの朝日を拝む事ができた。
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アンコール・ワットの朝日
一度GHに戻り、無料の朝食を頂いて
トゥクトゥトで遺跡群に向かう。
この日の予定は、アンコール・トム周辺を回って、
午後からアンコール・ワット。
プノン・バケンで夕日を見て帰宅、と言うコースにした。
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トゥクトゥクから
チャウ・サイ・テボーダ
早朝にアンコール・ワットに行ってるが、
その時は朝日メインだったのでしっかりと遺跡を見たのはこれが最初。
カンボジアに来たのだなと感慨深くなった。
しかしこの遺跡には誰もいない。
有名ではないし、朝早い時間だからか。
遺跡の中を真っすぐ進んでると、
現地のおばちゃんが立ちふさがる。
手には線香を持ってて、俺に差し出す。
ああ、お金を要求するパターンだなと思い、断る。
でも断ると道を空けてくれない。
それでも進もうとすると立ちふさがる。
他に観光客もいないので完全に俺がターゲット。
埒があかないので、違う道から進む事にした。
先が思いやられる・・・
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チャウ・サイ・テボーダ
トマノン
チャウ・サイ・テボーダと道を挟んだ反対側にトマノンがある。
こちらも人が全然いない。
現地の人もいない。
なのでじっくりと見学する事が出来た。
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トマノン
タ・ケウ。
トゥクトゥクで移動。
タ・ケウは結構な高さのある遺跡だ。
上にも登れるが階段が狭く、急だ。
団体の観光客がいたが、年配の方は登るのが辛そうだった。
俺が登ってると現地の若者が、
こっちの方が登りやすい・ここは危ない、などガイドしてくれる。
英語が達者なので、「ここは図書館だった」とか、
「ここからはアンコール・ワットが見える」とかいろいろ教えてくれる。
親切な若者だなと思ってたんだが、途中でハッと気付く。
これは後でガイド料をせびる手口だ。
案の定、別れ際にガイド料を要求された。
値切って1ドル渡した。
ちゃんと説明してくれたしまあ良いだろう。
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タ・ケウ
タ・プローム
アンコール・ワット以外に絶対行ってみたかった所。
トゥーム・レイダースを観て感化された。
まさにトゥーム・レイダースの世界。
自然の驚異をまざまざと見せつけられる。
まるで木が意識を持った生命体のようだった。
神秘的でもあり、恐ろしくもある。
人間の作った文明が、自然に飲み込まれてくその光景も、
人と自然の未来を表した比喩のようでもある。
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バンテアイ・クディ
思ってた以上に中が広い。
四方連続された同じ構造になっていて、
永久回廊のような連続性を感じる。
永久って程長くもないんだけど、
とにかくずっと続くような気になる。
アバターのレリーフもきれい。
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バンテアイ・クディ
スラ・スラン
人が作ったと思えない程広い池。
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スラ・スラン
ここまでが午前中。
腹も減ったので昼食を食べて少し休憩。
何食べたか忘れた。
また鶏肉の何かだったと思う。
プラサット・クラヴァン
マイナーなのか人が少ない。
人が少ないと物売りがめちゃ集中する。
無視して遺跡へ。
この位からちょっと飽き出して来た。
「正直どこも似てるなと」
いや、正確にはそんな事ないんだと思う。
ただ、細部まで見る気力が少し萎え始めてた。
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プラサット・クラヴァン
アンコール・ワット
前々から憧れてたアンコール・ワット。
朝日で一度訪れてるが、
気持ちを改めて向かう。
至る所にアバターや物語、神様が彫られている。
この建造物は巨大なアートだと感じた。
どこを見ても芸術品だ。
宗教の信仰の形をアートと呼ぶのは適切でないかも知れないが、
俺には丁度良い言葉が見つからないのでそう言わせてもらう。
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アンコール・ワット
これを見る為にカンボジア旅行を思い立ったが、
本当に来て良かったと思った。
そんな感動もあったが意外に時間が余った。
アンコール・ワットの前の更地で1時間くらいボーッと過ごす。
プノン・バケン
ここらで一番高い山。
ここからの夕日は有名スポットの一つ。
早めに着いたので、良い場所取れた。
日が落ちる頃には人で溢れ、
遺跡の中で渋滞が起きてた。
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プノン・バケンからの夕日
朝日と同様天気に恵まれきれいな夕日を見る事が出来た。
これでこの日の遺跡巡りは終了。
GHに戻り、同じ宿の人とアプサラダンスの見れるレストランに行く。
ぶっちゃけそんな興味はないけど、
せっかくだから見ておこうと思って。
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アプサラダンス
事実、食事中心であまり踊りは見なかった。
その国の文化もしっかり学ばないと。
反省・・・
GHに戻って時間がまだあったので、
街の方に向かいマッサージを受ける。
ボディマッサージが1時間で5ドル。
安いわー。
マッサージで疲れも取れたので、
GHに戻り寝る。

カンボジア一人旅[初日]

土産を大量に買う事を予測し、
半分以上空いたバックパックを背負って家を出る。
YCATで成田空港に向かう。
早めに着いたので、見学デッキで飛行機を見ながら軽食を取り、搭乗時間を待つ。
成田を10:00に出発。
ベトナム航空で、ベトナムのホーチミンへ。
ホーチミンで乗り継ぎをし、カンボジアのシェムリアップ空港へ到着。
現地時刻で17:00。
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シェムリアップ空港
到着した時には、小雨が降ってた。
まだ雨期にはなってない筈だが、今後の天気を少し心配した。
空港を出てピックアップに来てくれてる人を探す。
今回はネットでチェンラーGHに予約を取り、
その時にピックアップサービスもお願いしておいた。
ただ、メールの返信に「ピックアップサービスの件は了承」のような旨の記述が無かったので
大丈夫かと心配してた。
だが、その心配を余所にしっかり迎えに来てた。
しかもバイタクと予想してたが、トゥクトゥクで来てくれてた。
これには雨だったのもあり助かった。
そのスタッフのsopheapと挨拶を交わし、
彼の運転でチェンラーGHに向かう。
GHに着くと、sopheapがそのまま部屋まで案内してくれた。
で、明日の予定を聞かれたのでアンコール・ワットとアンコール・トムを回るつもりと答えると、
「明日はアンコール・トムには入れないよ」と言われた。
どうやら国のイベントで使用するらしい。
これは全くの予想外。
一人旅だとこの辺の情報はなかなか入ってこないからな。
なので急遽予定変更。
どうするかなと考えてると横でsopheapがあれこれと説明してくる。
いろいろ提案してくれるのはありがたいのだけど少しゆっくり考えたい。
取り敢えず明日一日トゥクトゥクのチャーターをお願いして、
行き先は明日までに決めておくと言って別れた。
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チェンラーGHの泊まった部屋
日は傾いてたがまだ寝るには時間があるので、
取り敢えず街の方まで歩いてみる事にした。
通りを歩いてると、バイタクやトゥクトゥクのおっちゃん、マッサージ店のおねえちゃんが
引っ切りなしに声を掛けてくる。
「この感じ、アジアっぽいな〜」と思いつつナイトマーケットの方まで歩く。
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ナイトマーケット
夕食を食べようと思い、初日なので安全を取って屋台は止めて
バー・ストリートの中のお店で夕食を食べた。
鶏肉のカシューナッツ炒めのような料理だった。
美味しかった。
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鶏肉の料理
その後再び歩いてGHの方に戻る。
チェンラーGHに戻る前に隣のタケオGHに寄る。
ここは有名な日本人宿で旅の情報収集の為だ。
予想通り何人か日本人がいたので、
その輪に入れてもらう。
そこで明日、アンコール・ワットの朝日を見に行く人達がいたので、
俺も便乗させてもらうことにした。
23時過ぎまで話した後解散し、チェンラーに戻って寝る。

雑記・戯言・備忘録。気楽にやってます。気が向いたら更新。