カテゴリー別アーカイブ: コラム

やっぱりiPhone欲しい!

softbankじゃないから、
あまり言及しなかったけどやっぱりiPhone欲しい。
ちょっとのつもりがビデオガイド全部見ちゃいました。
アップル – iPhone – ビデオガイド
どんだけ機能てんこもりなんですか。
レビューを見てると、
ここが使えない、とかこの機能が欲しいとかあるけど、
発売したばかりのそういう声は予想の範疇。
確かに日本の携帯を基準に考えると、
携帯(メール)としての機能はまだ改善して欲しい点はあると思う。
でも、iPhoneは電話としての機能がメインではなく、
電話も数ある機能の一つに過ぎないのだと思う。
そう捉えるとこんな魅力的なスマートフォンはない。
特に仕事でバリバリwebを使用する自分に取ってはweb機能はもちろんの事、
GPS&google map機能もかなり注目。
さらにwebの需要が高まると思う。
多分最終的には、他の携帯もiPhoneのようにフルブラウザ標準に変わって行くと思う。
そうなった時に今あるモバイル向けのサイトはどうなるんだろう?
携帯からPCサイトが見れるようになった時に、
PCサイトと携帯サイトを分ける必要があるのか?
あ、でも用途や機能的な違いがあるからやっぱり異なるのか…
て言うか、仕事的に色々考えなきゃならないな。
でも何か面白くなりそうだ。
そういやiPhoneのキャリア設定でdocomoも表示されるらしい。
http://japan.cnet.com/blog/staff/2008/07/11/entry_27012187/
てっきりappleはdocomoでの販売も既に視野に入れてるのかと思ったけど、
そうでも無いらしい。
docomoとsoftbankが同じ通信規格W-CDMAを採用してるからのようだ。
でもいずれdocomoからの販売も可能性はあると思う。
auよりかは…
やっぱり乗り換えかー

一人で遅めの夕食を取りながら、
ある人の事を思い出してた。
とても近い存在であったが会えなかった人。
最近では地元の友達の次に、
ワーホリの友達とよく会う。
先日も、沖縄から上京して来て
都会で頑張って闘っている友達と会って来た。
他の人はいざ知らず、僕がワーホリに行ったのは、
ほんとちょっとしたきっかけ。
思いつきに近い部分がある。
でもその思いつきが無ければ、
今の友達とは永遠に会ってなかったかもしれない。
これも縁だろう。
だけど逆の事も言える。
「縁が無かった」
望んでもそれが叶わない縁もある。
僕が出会えなかったその人とも、
きっと縁が無かったのだろう。
何度も言ってる事だけど、縁とは不思議なもの。
自分の力ではどうにもならない事があるとは認めたくは無いものだが、
やはり僕らの力の及ばない大きな力と言うものは確かにあると思う。
だからと言って、
世の中にはどうしようもない事があるから。と言って卑屈になってる訳ではない。
ただ、時には「自分の力の及ばない事」も受け入れて前に進む事も必要なのだと思う。
人事を尽くして天命を待つ

天職

仕事を選ぶ上で何を重要視するか?
職種、給料、勤務地、環境…..
人それぞれ選ぶものは違うだろう。
僕は、一番に職種を重要視する。
今はwebデザイナーとして働いてるのだが、
僕にとってこの職業は天職ではないかと最近思う。
まあ、”天職”と言う程ずば抜けた力を発揮してる訳ではないが、
自分に最も適した職の一つだと感じている。
この業界は今なお驚くべき早さで前進し、
絶えず新しい情報・知識を学んで行かなければ
あっと言う間に取り残されてしまう。
なので一時は、そんなプレッシャーの中でやってくのはきついだろうと思い、
割と安定しているDTP方面に進もうと考えた事もある。
しかし、現状、強制されるでもプレッシャーを感じるでもなく、
僕は進んで新しい情報・知識を取り入れてる。
考えてみれば、webを仕事とする前も趣味でホームページを作ったり、
本やネットで調べて色んな技術を試したりしていた。
元から新しい事を知ったり、何かを調べたり、
技術を身につけたりするのが好きな性格だからだろう。
学ぶ事はきっとこれからもずっと続けられる。
仕事だって何時間でもやれる気がする。
一度手をつけると集中してしまう質なので、
食事の時間すら勿体なく感じる時がある。
とは言っても、帰って寝るだけの生活なんて嫌なので残業はなるべくしたくは無いし、
昼休みもちゃんと取る。
根詰め過ぎも良く無いのでね。
ただ、長時間労働しても仕事に関しては辛いとは感じない。
webデザインのクリエイティブな面も好きだ。
アイデアが浮かばない時は、嫌になるけど、
やはり一つサイトが出来上がると気持ち良い。
最近は、デザインよりもseoやユーザービリティの方が重要だが、
そういうのも含め良い物が出来上がると嬉しい気持ちになる。
若い頃は(と言ってもまだ歳を取ったつもりは無いけど)幾つかやりたい職があって、色々と試して来た。
敢えて苦手と思われる仕事も試してみた。
やはり頭であれこれ想像を巡らすより、
実際に経験した方がどれが自分に合ってるかがよく分かる。
まあ、このwebデザイナーが最終的に落ち着く職かどうかは、
まだはっきりとは言えない。
もう少しだけ、試したい事もあるので。
でも最終的にwebデザイナーとしてやって行く事になったとしても、
それは決して妥協ではなくやりたい仕事でもあるし、楽しい仕事でもある。
その道に完全に絞った時は、今以上に頑張って行こうと思う。
books.jpg
最近は、頻繁に買う事は無くなったが、よく本を買って勉強してた。
「買って満足!」と言うパターンもよくあるけど…。

言葉では伝えられないもの

presence.jpg出現する未来

この本は難しい。脳みそフル回転しても理解しにくい。
だけど、僕が常日頃感じてる事と、
この本で説いてるU理論は似てると思う。
僕も完全に理解してないので上手く説明は出来ないけど、
この理論は禅の教えに近い。
僕は禅、と言うか瞑想に注目している。
そこで禅と瞑想の事、僕が感じてる事を書こうとしたのだが、
全くもって上手く書けない。
そもそもそれについて綴れるだけの知識も持ち合わせてないし。
書いては消し、書いては消し。
もう今回の記事は無かった事にしようともしたのだが、
現状の自分の考えを記録する為にも何とか書いてみた。
以下、まとまりがないけどそれも今の気持ちか…。
最近ではハリウッドのヨガブームを皮切りに
瞑想も耳にする事が多くなった。
だが、そのずっと前から過去の偉人や、有名スポーツ選手、科学者、実業家達は
禅・瞑想を実践していた。
そもそも僕がヨガをやろうと思ったきっかけは、瞑想から。
ただ、巷に溢れる「瞑想や潜在意識を活用して成功する。」
と言った類の考え方と僕の考え方は一線を画している。
出世や顕示欲、地位、名誉、物欲などを伴った成功の為に
その力を活用するのは誤りだと思う。
もちろん全ての人の成功が個人的な欲を満たす事を意味してるとは思ってない。
瞑想を通して成功した人達は、
成功の目的が社会貢献、文化の発展、環境保護など
個人的な欲以外にあったのだと思っている。
個では無く全体に意識を向ける事が大切だと思う。
また、瞑想で何を感じられるかも僕はまだ知らない。
実際、「それ」を体験した人達も、
その表現は人それぞれで共通の言葉では伝えられないのだと思う。
伝えるものでなくて、感じるもの。
だから瞑想セミナーとかも間違ってるのだと思う。
なので僕は変な宗教も信仰もないので、その点は御心配なく。
自分と世界の繋がりを感じる事。
自分の生き方の芯はここにあると思う。
そう簡単に理解できない部分だと思う。
だけど長い時間かけて少しずつそれを感じて行こうと思っている。

流れ

先日もワーホリの友達と会って来た。
オーストラリアにいる頃にAussieの彼が出来て、
この度晴れて結婚する事になった友達。
それで向こうに行ってしまうので、
その前に皆で会って来た訳である。
今回のメンツも実に一年以上振りなのだが、
相変わらずお気楽な感じで楽しい時間を過ごした。
つくづく感じるのだが、
ワーホリのメンバーといると妙な安心感がある。
将来に対して焦る事はない、好きな事をやれば良い。
そんな感じの。
それが良いのか悪いのかは分からないけど…。
でもやっぱ、ワーホリ行ってた人はちょっと違う空気を感じる。
不思議な事にここ一ヶ月程で、
ワーホリの友達、十数人と会った。
こっちから話をした人もいるが、
向こうから話が来たケースもあった。
まさかこの短期間でこれだけに人に会うとは思ってなかった。
こういうタイミング、と言うか流れのようなものを
時々感じる事がある。
最近はこの流れと言うものを特に意識する。
今、自分はどんな流れの中に立っているのだろう、
そんな事を考えたりする今日この頃です。

神社の参拝の仕方

この前の関西旅行で、
寺ばかり巡ってたおかげで正式な参拝の仕方を身につけて来た。
裏を返せば今までは適当に参拝してたって事だが…。
でもそういう人も多いのではないかと思い、
メモ代わりにここに神社の参拝の仕方を記載しておく。
其の一「始め」
神社の一番外側にある「一の鳥居」をくぐり、参道へと入る。
この時、軽く一礼する。
其の二「参道」
参道では中央を進まない。これは参道の中央は神様が通る道なので、我々が通る道では無いから。
其の三「手水舎」
、右手で柄杓を取って、水を汲み、それをかけて左手を清める。
、左手に柄杓を持ちかえて、右手を清める。
、再び柄杓を右手に持ちかえ、左の手のひらに水を受け、その水を口にいれてすすぐ。
、すすぎ終わったら、水をもう1度左手に流す。
、使った柄杓を立てて、柄の部分に水を流してすすぎ、元の位置に戻す。
其の四「参拝」
参拝の基本は二礼二拍手一礼
、まず、軽く礼をする。
、お賽銭を入れて、鈴があれば鳴らす。
、直立の姿勢から腰を90度に折り、二回深くおじぎをする。(二礼)
、拍手を2回打つ。この時、右手は少し引く。再び両手を合わせて願いを込める。(二拍手)
、両手を下ろしてもう一回深くおじぎをする。(一礼)
、軽く礼をして終わる。
其の五「終わり」
「一の鳥居」を出てから一礼をし、帰る。
※あくまで基本なので神道により参拝方法は異なる
参考:正しい神社の参拝の仕方
ちなみに僕は「手水舎」で口はすすがない。
お腹弱いからさ、
参拝前にお腹壊したくないじゃん。
願い事の時に「下痢になりませんように」って言いたくないし。
なので、口に水を当てるだけにしてる。
後一ヶ月後には初詣シーズン。
皆もここで正式な参拝をマスターして、
連れの友達・彼氏・彼女・または愛人に
うんちく垂れて下さい。
「は?何それ?ちょーうぜぇー( ´Д`)」
って言われる事請け合い。

お台場ブランド

昨日は友達に誘われて、お台場に行って来た。
ゆりかもめで台場で降りて、
歩いて科学未来館に立ち寄った後、
大江戸温泉物語へ。
ここ数年デートスポットなんてからっきし行ってなかったし、
お台場もビックサイトで何か催しがある時に行くだけだったので、
昨日は違うお台場を楽しめた。
でも大江戸温泉物語は「お台場」と言うブランドで成り立ってる気がした。
でなきゃ、入場料+入浴料だけで約三千円は高いでしょ。
以前止まったカプセルホテルなんて、同じ値段で
浴場・サウナ完備、浴衣無料貸し出し、無料朝食サービス付きだ。
いかにお台場ブランドの価値が高いかお分かりでしょう。
まさにお台場マジック。
友達と話してたのだが、
日本程テーマパークの多い国って他にあるのだろうか?
例えばオーストラリアなんかは動物園、水族館はあるものの、
テーマパークはほんの僅か。
だいたい遊ぶ場合は、BBQしたり、スポーツしたり、自然と戯れたり。
日本は既に作られた遊び場で遊ぶ事が多いが、
外国では何も無い所で楽しむ術を知っている。
この違いは何なのだろうか?
日本は自然が少ないから?人付き合いが稀薄だから?共通意識が高いから?
創造性が無いから?遊びが下手だから?
日本にいると気付かない事だけど、
世界意識で見るとこれもまた一つの文化なのだなと思う。

憧れ

時々、野外でイーゼルやスケッチブックを持って
絵を描いてる人がいるじゃないですか。
僕はそういうのに凄く憧れる。
「じゃあ、やれば良いじゃん」
と、言われそうだが、
正確に言うと
”外に出て自分の感じたままにスケッチするのに憧れる”
だからそれなりの絵を描きたいと思う。
まだ感じたものを思い通りに捉える程の力も無いし、
絵を描くのにも時間がかかる。
せめて見たものを的確に捉える力は付けたいと思う。
そういう訳で今日、
予定が急遽キャンセルになり時間が出来たので
風景画を描いた。
鉛筆のスケッチはちょこちょこ描いてたが、
絵筆を取り出すのは本当久しぶり。
絵の具一式がほこりをかぶってたのには、
ちょっと悲しくなった。
幾つかの絵の具も長い時間の間に固まってしまったようで、
その生涯を閉じてしまった。
で、古くさくなった道具で一生懸命に絵を描いたのだが、


…ビックリするくらいの駄作が完成した。
上手にかけたらアップしようかな〜、
とほくそ笑んでたが
それどころじゃない。
身体は大人だけど、
絵だけは小学生になってしまったようで。
前から上手かった訳でもないが、
更に下手になった。
やはり何事も継続してないと落ちるものですな。
継続は力なり。
がんばろ〜。

単純な事

この間のGEISAI以来、再び絵を描き始めた。
ワーホリで絵に対する良い感覚を掴みながらも、
一年以上真剣に絵を描かなかったのは
忙しさもあるが、
いろいろ考え過ぎて手が付けられなかったと言うのもある。
仕事の事、将来の事、
絵の技術の無さ、創造性の低さ、etc…。
日本に帰って来てから、
色んな事が頭の中に入って来てしまった。
「難しく考え過ぎてしまう」
これは僕の悪い癖の一つだ。
でもGEISAIに行ってその思いも吹っ切れた。
絵の上手い下手は様々だったが、
その場にいる人達には共通して、
”本当にモノ創りが好きなんだ”
というエネルギーを感じた。
好きな事をやる。
上手くなりたかったら、ひた向きに努力する。
単純な事だ。
そういう大事な事を見失ってた気がする。
だから僕は好きな絵をただひたすら描こう。
単純な事をしよう。
061008.jpg

言葉

部屋で筋トレ中にふと目にした本。
「四字熟語ハンドブック」
最初は何気にパラパラ捲っているだけだったが、
気づいたら熱中していた。
自分は小さい頃ことわざや四字熟語が好きで、
移動図書でことわざ辞典などを借りたりしていた。
そう言えば以前、
亀の甲より年の功」と発言して、
友達にお爺ちゃん呼ばわりされた事がある。
このくらい使うよね?
この歳になると言葉の持つ響きや含みなどに興味を惹かれる。
指輪物語の著者J・R・Rトールキンも言葉の魅力に
取り付かれた者の一人だ。
あの壮大な物語の想像も突き詰めれば、
言語の想像に端を発する。
彼の創った言語辞典も出版されているようだ。
The Languages of Tolkien’s Middle Earth
こんな具合に言葉に興味を持つと
他言語を覚えるのも楽しくなる。
学生の頃は英語なんて見るのも嫌だったのに
不思議なもんだ。