カテゴリー別アーカイブ: コラム

時間を増やす方法

やりたいことが多すぎで時間が足りない。

これは多くの人が抱えてる問題だろう。

しかし、現実的に時間を増やすことはできない。
であれば何かに費やす時間を減らすことで、相対的に時間を増やすことができる。

どのように「何かに費やす時間」を減らすか。
以下の方法がある。

  • 睡眠時間減らす
  • 日々の隙間時間をなくす
  • 作業効率を上げる
  • 集中力を上げる

睡眠時間を減らす

一日の平均睡眠時間を6時間とすると、一日の1/4を睡眠で使ってることになる。
この時間を減らせればかなりの時間が確保できる。

短眠法というのがある。
睡眠は量より質だから熟睡できれば一日3時間睡眠でも大丈夫という考え方だ。
実際これに調整したことがあるが、どうも自分には向いてないらしい。
睡眠時間は削れても日中の集中力がガタ落ちで効率はよくない。
しかも体調も悪くなったので睡眠時間を削るのは向いてる人だけに勧められる最後の手段だと思う。

日々の隙間時間をなくす

テレビとかインターネットとかだらだらと時間を浪費することはないだろうか?
非生産的で無駄な時間だ。
例え5分だとしてもそれが積もり積もれば大きな時間となる。
「今だけ」とか「あとちょっと」とかそういう気持ちは排除して、ひとつひとつの行動に無駄をなくす意識が大事。
ただ、余裕がなさすぎるのも良くないのであくまで無理の無い範囲でやる。

作業効率を上げる

一日の大半は仕事の時間だ。
仕事の時間をなくせばいいのだが実際そうもいかない。であればひとつひとつの作業スピードをあげることで早く仕事がこなせ、その分空き時間ができる。
ツールとかやり方の工夫とかで幾らでも作業時間は短縮できる。
常に効率化を考えて短い時間で最大のパフォーマンスをあげることを意識する。
結果的には短時間でそれなりの収入も得られるようになるのでいいコトづくしだ。

集中力を上げる

作業効率を上げると意味的には同じ。
ツールややり方の工夫でも作業効率は上がるが、集中力をあげることも作業効率を上げることに繋がる。
おそらく集中してない状態で長い時間作業するよりは、集中して短時間作業するほうが成果も高いだろう。
人間の集中力は長時間は持続しないので、集中する時間と抜く時間をうまく調整することがポイントになると思う。
取り敢えず、以上か。
他にもあるかも知れないが、まずはこれらを身につけてみることを目標にしてみよう。

ネットワークビジネスが嫌いな5つの理由

ネットワークビジネスと聞いてピンと来ない方は、
マルチと言えば分かるのではないだろうか。
以前の僕はネットワークビジネスと聞いただけで、
全否定してた。
ただ、独立を考える様になって、
ネットワークビジネスのビジネスモデルは一つのビジネスとして
学ぶ価値があるのではないかと思っている。
そして先日、知人に誘われてとあるネットワークビジネスの説明会に参加してきた。
そこのネットワークビジネスは、ネットワークビジネスとフランチャイズを掛け合わせたビジネスモデルで、
非常によく考えられてるなと思った。
正直いい勉強になった。
しかし、やはり自分はネットワークビジネスは嫌いだなと思った。

ネットワークに参加しない人は人生の敗者と見る

彼らからするとネットワークに参加しないなんて、
人生損してると思うらしい。
「今よりもっといい暮らししたくないの?」
「何で?お金持ちになりたくないの?」
何が幸せであるかは人それぞれ。
例えばギリギリの生活でも自分のやりたい事をやる事に幸せを感じる人もいる。
金持ちにならなくても平凡な生活を送りたい人もいる。
でもそういう人達の価値観を認めない。
稼げない人生=つまらない人生と思っている。
自分の物差しで相手も計ろうとして欲しくない。

夢想家が多い

そもそもネットワークビジネスはそのビジネスモデル上、
全員が同じ様に稼げるわけではない。
必ず稼げる層と稼げない層が存在する。
でも稼げる前提で話を進める。
純粋に商品を購入するだけであればリスクは無いのだが、
大抵のネットワークビジネスは参加時にある程度の額の商品購入を促される。
それが本当に望むものなら良いが、
そうでないならリスクだ。
だけどそういう部分には触れない。
また、現実問題「ネットワークビジネス」と言う単語を持ち出すだけで、
嫌悪感を示す人は非常に多い。
一歩誤れば今までの人間関係を崩す事に成りかねない。
個人的には人脈はお金より価値があると思う。
目先のお金の為に人脈を失うことはしたくない。
だが、そう言った点のリスクも話してくれる事はない。
まあ彼らはそんなリスクは無いと否定するのだろう。

結局自分の為じゃないの?

ネットワークビジネスは紹介された人の購入額の一部が
紹介した人に還元される。
するとそこの人間関係には必ずお金がちらつく。
「一緒にがんばろう」と言うが、
その何%かは「いっぱい稼いでバックしてくれ」と言う気持ちがあるのではないか?
彼らはグループを作って活動することが多い。
グループの中に稼げない人がいると発破をかけるが、
それは本当にその人のため?
それとも自分のため?
どうしても彼らが純粋に相手の成功のために薦めてくるとは思えない。
そもそも本当に相手の成功を望むのであれば、
相手の話も聞いてくれる筈だ。

自社商品に完全陶酔してる

確かに会社に寄っては質の良い商品もあると思う。
だが大抵は他にもっと良い商品、もっと安い商品がある。
それでも彼らは自社の商品が一番だと思ってる。
やってない人がよく言う台詞だが、
「そんなに良い商品なら自然に口コミで広がるだろう」
まさにその通りだ。
特に現在はネットインフラが整備され、
口コミはあっと言う間に広がる。
自然にそこに入ってこないのであれば、
やはりその程度の商品なのだろう。

世間体

日本ではネットワークビジネスは嫌われる傾向にある。
事実ネットワークビジネスのトラブルもよく聞くし、
多くの人の頭の中にはネットワークビジネスは問題ありと認識されている。
ネットワークを増やす為に友人・知人に話を持ちかけるが、
相手にされないだけならまだしも「俺にそんな話するんじゃねえ!」とキレられることもある。
そういう話を聞いた事があるし、
僕の友人でネットワークビジネスを始めて今までの友人から疎遠になってしまった人もいる。
最近ではSNSやネットのコミュニティで活動する人もいるっぽいが、
そういう人達はもの凄く嫌われている。
そういう背景からネットワークビジネスをやってる事には後ろめたさを感じるだろう。
自分が本当に信じるものであれば僕も世間体なんて気にしない。
ただ、残念ながら既存のネットワークビジネスには
僕が信じられる程の魅力は感じない。

批判的思考を身につけたい

インターネットが普及してから、
それまでとは比較にならないくらいの情報が得られる様になった。
しかし止めどなく流れてくる情報の中で、
正しい情報を取捨選択し自己を見失わない力が必要だと思う。
特に震災の時に流れたデマや、
間違った情報に惑わされる人を見て強く思った。
つい先日のブログにも書いた「自分の答えのつくりかた 」から学んだ考え方に批判的思考というものがある。

批判的思考(ひはんてきしこう、英: Critical thinking)は、特に欧米諸国で主流となっている物事や情報を批判的に解釈する思考パターンのこと。単にクリティカル・シンキングと呼ばれることも多い。対象物を見聞きしたままに受け取るのではなく、客観的なおかつ分析的に理解される必要がある。

「批判」という言葉は反対する、受け入れない、などのイメージから「否定」という言葉と同義で用いられるケースが少なからず存在するがここでいう批判とは情報を分析、吟味して取り入れることを指しており客観的把握をベースとした正確な理解が必要とされる。「否定」という言葉はその情報自体を拒絶するという意味合いが強くまた主観的要素を含んでおり「批判」という言葉の意味とは隔たりがある。

批判的思考 – Wikipedia
言葉的に勘違いされそうなのだが、
批判的思考=否定ではない。
むしろ逆に異なる意見さえも受け入れる。
例えば今問題になっている原子力発電所は必要か?
と言う問題を考えた場合。
今の福島原発の事故を考えると無くした方が良いと思う。
これが僕の第一の感想だが一度それは捨てる。
まず良い面と悪い面、両方を考えてみる。
それも裏付けのある正しい情報から。
今はインターネットのおかげで情報は豊富に手に入る。
でもここで、その情報は正しいのかもチェックする。
例えば大学の教授であっても不都合な情報は開示してないかも知れない。
データに基づいた発言であってもそのデータは妥当性に欠けるかも知れない。
反対派は悪い事しか言わないし、
推進派が良い事を良い事しか言わないのは当然考えられる事。
また、他に推進派の意見、反対派の意見にも偏り無く耳を傾ける。
そうして得られた情報から比較検討し、自分の答えを出す。
ただ、ここで出した答えが間違ってても良いと思ってる。(※)
例え開示されたデータを検証して正しいものと思えたとしても、
所詮素人なので判断が誤ってしまう事はある。
大事なポイントは、情報を鵜呑みにするのではなく、
客観性を持って自分で調べて検証して答えを出す事だと思う。
そしてそう言うスタンスであれば、
間違った場合も素直に受け入れ正す事もできるし、
自分と異なる意見でも耳を傾け自分の判断材料に取り込む事ができる。
そうやって一人一人がしっかりと情報を吟味することができれば、
そうそうデマや偏った意見に惑わされる人もいなくなるのでは無いかと思う。
海外では批判的思考を学校で学ぶところも多い。
情報化社会となった今、日本でも取り入れて欲しいものだ。
(※)補足だが、メディアや著名人、影響力のある人は判断を間違えてはいけない。
発言をする前に深く思慮する必要がある。
影響力を考えて発言に責任を持って欲しい。
まあ、僕の様な庶民に言われなくても分かってると思うけども。

被災地の方のためにできること

※災害に乗じたボランティア詐欺も横行されます。お気をつけ下さい。
※善意の行いが必ずしも現地の方の助けになるとは限りません。
 行動を起こす前に被災地の方の助けになるか確認して行動して下さい。

随時更新して行きます

募金

インターネット募金「緊急災害募金」 – Yahoo!ボランティア

 [■災害支援基金設置のお知らせ■ CANPAN 東北地方太平洋沖地震支援基金]

「mixiモバイル」
50ポイント(50円)の募金を受け付け。

被災地支援活動 | 企業情報 | NTTドコモ
アクセスはi menu→お知らせ→企業情報→社会に対する責任→被災地支援チャリティサイト

au「被災地支援 義援金サイト」
アクセスはEZボタン→トップペニューまたはau one トップ→災害用伝言板→被災地支援義援金サイト

「Tポイント募金」
【PC】 http://bit.ly/etWywJ
【MB】http://bit.ly/feeSpL 

東北地方太平洋沖地震義援金の受付を開始しました – はてな義援金窓口

グリー「東北地方太平洋沖地震」被災者を支援するための募金受付
募金方法
・「GREE」で提供するオリジナルアバター「GREEボランティア」を購入
・自身が保有するゴールドから、100ゴールド〜10,000ゴールドの間で任意で選択可能
・「1ゴールド」に対して1円相当をグリーが負担し寄付を実施

Google Japan Blog: Google チェックアウトによる東日本巨大地震への支援について

献血

血液の輸送はできます。ので献血に行ける方は行ってください。
ただ時期が集中すると使用期限が切れるのもいっぺんなので、
まんべんなく来てほしいそうです。
難しいですが、今日、明日は集中しそうなので平日に行ける方は分散してください。
(献血ルームより)

日本赤十字社 献血施設一覧

ボランティア

ボランティアに駆けつけたいと思ってる人へ。
今は被害の把握と人命救助が第一で、そこはプロ(行政警察消防自衛隊と地元の人)に任せるしかありません。
被災者が命の安全を手に入れた後、生活の安定を取り戻す時(片付けと復興)に人手が必要と思われます。

何かしたいができない。せめて物資でも、と思われる方は、まずは物資ではなく、日本赤十字社などの義援金(被災された方へ後日直接配分)。
あるいは災害ボランティアセンターや地域ファンドが行う災害ボランティア支援基金などに寄付をお願いします。

現在の防災ボランティア関係情報

災害時のボランティア活動について

支援物資

支援物資を送る前に下記のサイトを一読して下さい。
宮城の被災者に支援物資を送りたい人へ – くまろぐ

宮城県/ふるさと納税/寄付の手続き

震災がつなぐ全国ネットワーク

東北地方太平洋沖地震 災害援助物資提供のお願い – スノーピーク オフィシャルサイト

電話

電話回線の圧迫を極力軽減するよう、
重大事項以外は極力使用を避けて下さい。

節電

首都圏では午後6時~7時に100万世帯分の電気使用量に相当する300万キロ・ワットの電力供給が不足する恐れがあると発表。出来る限りの節電と準備を。
また、関西や中部圏の電力会社から関東方面への送電を行ってますので、
直接的被害のない地域の方も節電を心掛けましょう。

twitter

正しい情報を拡散し、重複した内容のツイートを省く為にも公式RTを利用する。
公式RTは非公式RTと異なり、ツイートの下にある「リツイート」ボタンをクリックすることで投稿できます。(RTを付けてツイート内容をコピペするのは非公式RTです)

時間経過とともに状況が変わる情報には[3/11 08:45]など日付+時間を記入してツイートするようにすると良いと思います。

家族がいる方

お子様が居る家庭のみなさま、必要以上に深刻な表情を浮かべているとお子様が不安がります。
努めて笑顔で接してあげてください。
事実は事実で受け止め、普段通りに遊んであげてください。(twitterより抜粋)

今後

今後三年、いや一年でも買う食品の一部を被災地の製品に代えるだけでも確かな応援になります。

産業の復興は長期戦です。

小さい頃はヒーローになりたかった。
世界を救う様な。
小学校に入って漫画を読み始めてからは
漫画家になろうと思った。
友達同士でノートに漫画を描いては見せ合いっこをしてた。
しかし成長するに連れ周りの友達は1人また1人と漫画を描く事を辞めた。
それでも自分はコツコツと漫画を描き続けた。
と言っても、ペンやトーンなど使わずに
ノートに鉛筆で描く簡単なもの。
漫画家になりたいと憧れながら、
本格的に行動を起こす事無く大学を卒業し社会人となった。
憧れは憧れのままで終わった。
入社した会社は印刷会社。
DTPオペレーターなのでMacを使っての作業が主だった。
大学時代に初めてMacに触ってからはまってしまった自分としては、
仕事は楽しかった。
でも2年もすると一通り作業はこなせるようになり、
新しく覚える事も殆どなくこのままここにいても何も変わらないなと思った。
もっとクリエイティブな仕事がしたいと思った。
漫画しかり、絵を描く事が好きだった自分は絵で仕事ができないかと思った。
イラストレーターだ。
勤務してから丸2年で退職し、
アルバイトをしながら絵を描き始めた。
絵が駄目だった時の保険として、
すぐに職につけるようにアルバイトも興味ある分野に絞った。
出来ればDTPデザイナーが良かったが、
アルバイトがなかなか見つからずwebデザイナーのアルバイトをする事にした。
絵はコツコツと描き続けたが、
具体的に仕事に繋がる様な行動を起こしたのは数える程。
時々、「本当に絵で仕事がしたいんだろうか?」と考えるようになった。
ここで様々な理由が重なり1年ワーキングホリデーでオーストラリアへ行く。
スケッチブックと画材も持って行った。
ありきたりな言葉だが自分を見つめ直す為だ。
絵を描くのは楽しいと改めて認識した。
そして帰国後一念発起し、デザインフェスタに自分の作品を出展する事にした。
自分の評価と世間の評価の違いを確認するため。
結果、自分の未熟さを痛感した。
ただの一度の挫折である。
いや、挫折と言う程の大事でもない。
でもそこで自分は絵で仕事するのを諦めてしまった。
言ってしまえばそこまでの熱だったのだ。
得は好きだけど個人で楽しむレベルだったのだ。
その頃派遣でwebデザイナーとして働いて自分は、
社員にならないかと声を掛けられた事もあり
正社員として働く事にした。
この業界でやってこうと決心したからだ。
でもそれからの自分は将来が何も見えなくなってしまった。
何になりたいのか?
何をしたいのか?
「有名になりたい」「凄い実績を残したい」
そんな漠然とした思いはあったが具体的に何も見えなかった。
ただ今の環境をより良くして、それを繫げて行くだけの日々。
職場の環境は悪くなかった。
居心地は良かった。
だがそれに甘えてると自分の成長が止まってしまうと思った自分は、
この業界の憧れの会社へ転職しようとした。
厳しいのは予想してた。
でも行動を起こさないと何も変わらないと思った。
残念ながら希望は叶わず転職は失敗した。
それでも退職した。
動ける環境を作らないと思ったから。
その後、自分に足りないスキルを学びながら、
ビジネスや自己啓発の本を読んだり
起業してる友人、同業で成功してる人達に会ったりし
今後の人生について本気で考えた。
漫画家もイラストレーターも、
自分好きだからと言う理由の他に
自分の創ったモノで人の心を動かしたいと言う想いがあった。
音楽家、芸術家、職人、スポーツ選手、映画監督、俳優…
彼らのように感動を与えられる方ではなく与える人になりたかった。
そしてそれはwebの世界でも可能だと気付いた。
初めてwebの世界に来た時はそれ程魅力を感じなかった。
楽しい世界ではあるが自分が叶えたいものは特に無かった。
でも時代が変わったのか、
自分の見方が変わったのか、
今はwebの世界に大きな魅力を感じる。
「webで感動を与える」
感動と言ってしまうと狭義になってしまうが、
楽しいや面白いと思ってもらえる事は沢山できると思う。
そしてここ最近ではすっかり失念してしまっていたが、
「自分に出来る事で世の中に貢献する」
を生きる目的としてきた。
この目的こそwebの世界でより実現できるのではないだろうか。
紆余曲折あったが自分が今いる場所は、
自分が望む事に挑戦出来る場所だと気付いた。
自分はwebを通して、
人が喜んでもらえるもの、楽しんでもらえるもの、役に立つもの、
社会に貢献できるものを作り続けたい。
そして最終的には世界の子供達に夢を掴めるチャンスを与えることのできる
プロジェクトを立ち上げたい。
それが自分の夢であり生きる目的でもある。
ようやく本当に目指すものが見えた。

自分を変える魔法

何か自分が劇的に変われる魔法のようなものがあると信じて、
それが何なのかずっと探してた。
それが手に入れば自分が変われるんだと信じてた。
そして魔法を探して色んなことを試してきた。
でもどれも違った。
何かしらの変化はあった。
でも劇的な変化は見られなかった。
そもそも魔法のようなものは存在しないことに気づいた。
それに気付くのに大分時間がかかった。
けれども時間がかかったからこそ、
そんなものは無かったんだとハッキリ言える。
魔法なんてない。
だから自分で変えるしかないんだ。
その変化はとても小さい。
時には自分では変化が感じられず嫌になることもあった。
でも1年前、5年前、10年前の自分と比べれば、
今の自分は変わって来てる。
今言えることは人は確実に変われる。
変化は小さくとも変われるんだ。
もう”何か”に期待する事は止めよう。
地道に歩み続けようと思う。

出会いの機会

“チャンスの神様は、前髪が長く後ろ半分は禿げていて、髪の毛がない。
チャンスが訪れたら、その前髪をしっかりとつかむこと。
後からつかもうと思っても、後ろ半分は髪の毛がないのでつかめない。”
と言う話を聞いた事がある。
要は、”その機会を逃したら、あとから掴もうとしても手遅れ”と言う事。
長く生きてる程これを実感出来るんじゃないだろうか。
自分も今まで何度となく機会を逃して来た事がある。
出会いの機会もそう。
“良いな”と思う出会いがあっても、
何も出来ず、後になって後悔した事は多々ある。
「あの時話しかけてれば」
「もっと突っ込んでアドレス交換しておけば」
チキンだった自分はよく一人反省会を開いてた。
だから後悔はしないよう積極的に動こうと決めた。
“これ”と思った時は行動するようにしてる。
もちろんうまく行かない事もある。
でも、「やらない後悔よりやった後悔」
やってダメだった方が自分も納得出来る。
・・・だけど、やっぱりうまくいって欲しい。
行動した事に後悔はない。
後悔はないが、”後悔”の感情は別にして、
失敗したら結局のところその出会いはそれ限りになってしまうのだから。
失敗した時は何かしら理由がある。
それが自分にあるのであればそれは改善する。
ホントに良い出会いの機会はそうそう無い。
だからその時しっかりとチャンスを掴むために
失敗を糧にもっと自分を高めて行こう。

出会い

友達に誘われて、パーティーに参加してきた。
そのパーティーに知り合いは誘ってくれた友達しかおらず、
その友達も受付などの仕事があるので別に一緒に行く友達を誘う事にした。
だが運悪くどの友達も予定が合わないと断られた。
一人で行くのも心細かったので行くのを取りやめようかと思ったりもしたが
せっかくの出会いのチャンスを逃すのはもったいないので、やはり行く事にした。
やらないで後悔するよりやって後悔した方が良い。
そんな覚悟で臨んだが結果は行って良かった。
最初は知り合いが誰もおらずアウェイ感は凄く感じたが、
積極的に人に話しかけ、時間も経つにつれ皆もアルコールが周り
会場全体が和気あいあいとした雰囲気になっていった。
アウェイ感はすっかり無くなった。
いい出会いもあった。
恋愛とかではなく、人としてのいい出会いだ。
数年前から思ってる事だが、
人と人の出会いって大切だと思ってる。
だからいろんな場に足を運んだが、
昔は取り敢えず色んな人と知り合いになろうとして
結局合わないと思って連絡しなくなった人も何人かいる。
自分はあまり人に強く言える方じゃないから、
少し合わない人でも上手に付き合ってしまう。
そういう煩わしいのが嫌になって、
出会いに積極的にならなかった時もある。
少しずつだが、質のある出会いが分かるようになってきた。
合わないと感じる人とは最初からなるべく距離を縮めないようにしてる。
そのやり方が良いのか悪いのかは分からないが、
今はそのやり方が楽なのは確かだ。
このスタンスで少しずついい出会いを増やして行こうと思う。

ケータイ小説大賞 あたし彼女

昨年くらいから話題になってるケータイ小説。
ずっとスルーして来たが今回ネットで話題になってたので
「一度どんなものか知っておくのも大事だな」
と思い読んでみた。
第3回日本ケータイ小説大賞:あたし彼女
多くの人が評価してる通り、
自分も正直最初のページを開いて
「え?こんなのが大賞?」
と首を傾げた。
しかしここで一度頭をリセットした。
偏見をなくしてちゃんと評価してみようと。
文体は改行が多く、独特のリズムだ。
だが、これはこれで新しいスタイルとして捉えればそれもアリだと思う。
特にケータイ小説は中高生辺りが中心だろう。
ケータイ世代の彼らにはこのスタイルがハマりやすいのかも知れない。
そして小説の内容なのだが、
頑張って読破しようとしたが2章まで読んで挫折した。
いや、最初はプロローグで挫折したのだが、
それでも頑張って2章まで行ったのだ。
どうにも先を読む気が起きない。
そこでこちらの現代語約を参考にさせてもらった。
「あたし彼女」現代語訳 – 藤棚の上
こっちは最後まで読んだ。
で、感想なんだが
「こんなのが大賞?」
と再び思った。
リアリティが低いのだ。
現代語約を読んだ感想だから、そうじゃない部分もあるかも知れないが、
2章まではしっかりと原文を読んで思う意見だ。
例えばアキがトモに惹かれてく事に関してだが…
アキは今までに何人の男と付き合って、何十人の男とセックスしてるって設定だ。
それがトモと言う男だけに何故特別な感情を抱いたかが理解できない。
プレゼントの下りでも、そんなに特別な事なのか。
だとしたらアキが今まで付き合った男ってどんだけダメ男だったんだよって話だ。
また、トモはアキが元カノのカヨに似てるから惹かれたらしい。
けどアキとカヨは外見が似てるだけで性格は全然違う。
じゃあ何か?トモはカヨの外見が好きだったのか?
いや、そうじゃない。性格的な部分が好きだったと言ってる。
外見だけそっくりで中身はビッチな女。
そんな簡単に惹かれるものか?
もっと複雑な心境なんじゃないかと思う。
そんなこんなで突っ込みどころは満載だ。
でも自分は批評家じゃない。
これが大賞に選ばれたと言う事はそこにはそれなりの理由があるのだろう。
一番の理由としては、
メインターゲットである中高生にはこの程度の内容がウケが良いのだろう。
逆に一般人受けするような小説ではウケが悪いのだと思う。
だから自分らが理解できなくても当然なのだ。
でもこの小説を良いと言ってる中高生達には、
世の中の小説は全て同じような感じのものだと勘違いしないで欲しい。

日本企業の生産性は低い

“ホウレンソウ”は第二の”カロウシ”になるか
日本企業は外国の企業に比べ生産性が低いと。
それを具体的に表したのが以下の文。(抜粋)
「ある企画を通す際のプロセス」
■日本企業
1.業者と打ち合わせ。決定権が無いので持ち帰ってプレゼン資料作成。
2.課長に説明「ふーん、わかった。じゃあ部長に相談して」
3.部長に説明「ふーん、わかった、じゃあ事業部長に(略)」
4.事業部長「これ、こうした方がいんじゃない?課長ともう一回相談して」(①に戻る)
それは僕も昔から感じてる。
■海外企業
1.業者と打ち合わせ。その場で決定か、上司一人に報告して決定。
この差である。
とにかく日本には無駄と思われる行程が多い。
日本がこのような無駄な行程を踏まなければならないのは、
下の者には決定する権限、つまり責任がないからである。
人によっては「下の者に決定権持たせて失敗したら、
上の自分も責任を負わなければならないじゃないか。」
と言う人もいるのだろう。
そもそも日本の社会がそういう風習なのだろう。
個人個人に責任を持たせ、失敗したら最悪クビもありうる。
非常にシビアだと思うがその体制が整えれば無駄な行程も減り、
仕事もスムーズに進むと思う。
それに責任を持つと言う事は、仕事に対して取り組む姿勢も養われると思う。
強いては成長に繋がると思う。
日本の社会も徐々に年功序列から実力主義が評価されるようになってきている。
それに伴い責任を個人個人に持たせる体制を作って行って欲しい。
誰だって休みは多い方が良いだろう。
生産性を上げる為に、出来る事はいろいろあるのだ。