フィールド・オブ・ドリームス

自分自身を投影出来る映画ほど、心に響く。
この映画は少し非現実的な部分がある。
リアリティには欠ける部分がある。
それでも心打たれたのは、
今の自分がレイと同じ年代で同じ様な気持ちを抱えてたからだろうか。
※ネタバレあり
この映画の一つの大きなテーマに「夢」がある。
叶えたい夢、叶わなかった夢。
夢を叶える事がどれ程素晴らしいか。
だが「夢」意外にも気付かされる点が幾つもある。
レイが聞いた声。
それは彼以外には聞こえず、
奇妙に思うのは当然だ。
しかし彼はその声に従って球場を作った。
それが正しいと言う根拠はない。
だが彼は自分の直感を信じて行動した。
レイがその声を疑って何もせずに過ごしていたなら
あの奇跡は起こらなかった。
周りの人達があざ笑っても自分を信じて行動した。
僕たちは冒険を夢見ても足を踏み出す事に躊躇する。
でも行動しなければ何も変わらない。
行動する事。
これが何より大事だ。
そして一見すると頭がおかしくなった様な夫の行動を
応援し続けたアニー。
レイがそこまで言うのならと、彼を信じ続けた。
こんなに理解のある相手はそうそういないだろう。
それだけアニーはレイを愛し信頼してたのだと思う。
レイはそれまでの生活を平凡だと思ってたかも知れないが、
これ程の夫婦愛を築ける事は滅多に無いと思う。
そしてそんな相手がいるだけで充分に幸せではないかと思う。
レイは始め、何か見返りを求めて球場を作った。
その後も何か手に入ると思って行動した。
その気持ちがどれ程かは分からない。
でもその仮定で彼は何人もの人の夢を叶える手助けをした。
それは事実だ。
個人的にはそういった積み重ねが、
父親と引き合わせたのではないかと思う。
夢を叶えるには幾つかの試練を乗り越えないとならない、
そんな風に捉えた。
最後にシューレス・ジョーはあの声はレイ自身の声だと言う。
結局はレイが諦めてた、忘れてた夢をもう一度叶えようと
彼の潜在意識が働きかけたのではないかと思う。
若い父親と対面した時、
レイは息子としては接しなかった。
だがその後、レイは「父さん。」と呼びかける。
そして父親はそれに応える。
父親も息子だって事は気付いてたのではないだろうか?
でもレイが息子と名乗らないなら知らないフリをしておく。
二人とも不器用なんだ。
同性だからかな、親父と息子ってそういうところがある。
でも多くの言葉を語らなくてもキャッチボールで通じる合える。
二人のキャッチボールをするシーンが今でも目に焼き付いてる。
「親に捧ぐ」とテロップが出るが、
大人になった息子達にこそ観て欲しい映画だと思った。

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